2009年、1冊の小説が全国の書店員を涙に濡らしました。本の目利きである書店員を感動させたその本の名は「神様のカルテ」。長野県在住の現役医師のデビュー小説でした。地方医療の現実とその中で成長していく一人の医師の姿を軽妙な語り口と心温まる感動で紡ぎ出したその小説は、瞬く間に書店員の間で話題となり、遂には2010年度の本屋大賞にノミネートされるまでに至りました。大賞こそ逃したものの見事当年第2位に輝き、今も全国の書店員がもっとも売りたがっている話題のベストセラー小説が、まさに待望の映画化を果たしました(続編となる「神様のカルテ2」も2011年度の本屋大賞にノミネートされ、同賞史上初のシリーズ作品2年連続ノミネートを果たしています)。
映画は、小説の持つ人間らしい温かさを保ちながら、よりヒューマンに、よりユーモラスに、そしてよりドラマチックに主人公達の物語を描き出しています。地方病院で毎日忙しく働く青年内科医・栗原一止が、友人、同僚、上司、患者、そして愛する妻・榛名の支えで、一人の医師として、一人の人間として成長していく姿を、美しい自然に囲まれる信州を舞台に、時に温かく、時に厳しく紡ぎ出していきます。「命の意義・生の輝き」という切実なテーマを、小説同様の軽妙な語り口で若々しく爽やかに、かつ真摯に描くことで、より温かくより深い感動をもたらしています。また、一止と榛名の理想的とも言える夫婦像からは「愛の温かさ」を、御嶽荘と呼ばれるアパートの住居人達との交流からは「絆の大切さ」を、一止と患者の接し方からは「一歩踏み出す優しさ」を、観る人によって様々な感動を感じられる幅の広い感動作になっています。
主人公・栗原一止役を演じるのは、櫻井 翔。夏目漱石と妻をこよなく愛する内科医・イチ。古風な言い回しとあまりの忙しさゆえにスタイルに構っていられないボサボサの頭で、一風変わった内科医を小説のイメージに沿いながら丁寧に演じています。イチの妻・栗原榛名役には宮﨑あおい。可憐な魅力を持つ妻であると同時に信念を持った風景写真家であるハル。脚本に惚れ込んだという宮﨑は、そのハルをまるで聖母マリアのような母性溢れる優しく穏やかな演技で演じています。そして、櫻井と宮﨑は本作の夫婦役が初共演ながらも、息のあった演技の掛け合いで理想的な夫婦像を見せてくれています。その他にも要潤、吉瀬美智子、岡田義徳、朝倉あき、原田泰造、西岡德馬、池脇千鶴、加賀まりこ、柄本明といった錚々たる面々が脇を固め、個性溢れるアンサンブルを奏でています。
監督は深川栄洋。『60歳のラブレター』『白夜行』『洋菓子店コアンドル』など近年多くの傑作を生み出し続けている、いま邦画界最注目の監督です。まだ弱冠34歳ながら役者に寄り添う形の演出力には定評があり、本作でも深川演出ならではの人間味溢れる温かみが映画に投影されています。脚本を手掛けたのはヒューマンドラマの名手・後藤法子(ドラマ「ブラックジャックによろしく」「チーム・バチスタの栄光」映画『ホームレス中学生』など)。映画の最後に小説にはないプレゼントを用意し、そのことによって本作は温かい感動の先に、その後の光も感じられるようになっています。また、今回映画のテーマ曲をピアニストの辻井伸行が作曲し、演奏しています。松本の撮影現場を訪れ、そのインスピレーションで翌日に即興演奏で自身初となる映画のテーマ曲を作り上げました。その叙情的な旋律は心が澄み渡る美しさを映画に添えています。全体の音楽を手掛けているのは、人気テレビ番組・映画・演劇など幅広く活動している松谷卓(『いま、会いにゆきます』など)。優しく多彩で透明感のある『神様のカルテ』の音楽世界を作り上げました。
はたして「神様のカルテ」とは一体どのようなものだったのでしょうか? 患者の命を救うために全身全霊を傾けようとした一止が目指したのは、結局は誰よりも人間らしくあろうということでした。一人の患者に肩入れし過ぎないのは、多くの命を救わなければならない医者としては正しい在り方かもしれませんが、一止はそれでも一歩踏み出して患者に寄り添うことで一つの尊い命を救おうとしました。人間が人間を救うこととは? 人間が人間として生きることとは? 本作はそういった命の意義を温かく照らし出します。生の輝き、夫婦の愛、人の絆。心の深いところを揺さぶる本格感動作『神様のカルテ』。「救い」という言葉の持つ意味が問われている今だからこそ観て欲しい作品です。それこそ、この作品が1つの救いとなることを願って。
